作家の仕事
作家の仕事とは、平凡なものを生きいきと輝かせること、ありふれた存在にそなわる特殊性を読者に気づかせることなのだ。
Natalie Goldberg「魂の文章術」自分の町を観光する
真実の断片
けっしてあなどった姿勢で人に接しないこと。みんな真実の断片を求めているのだから。
Natalie Goldberg「魂の文章術」即興詩人
人の心
人の心を理解すればするほど、上手に、自信を持って書けるように鳴る
Natalie Goldberg「魂の文章術」まえがき
語るより見せろ
読者になにを感じるべきか命令してはいけない。自分を怒らせた状況を示すなら、同じ感情が読者の中に湧き上がってくるはずだ。
ものを書くことは心理学ではない。作家は感情について語らない。そのかわり、自分で感じたことを、言葉をとおして読者の中によみがえらせる。作家は読者の手を引いて、悲しみと喜びの峡谷を、それに直接言及することなく案内するのだ。
誰かの出産に立ち会ったなら、あなたは涙ぐんだり歌ったりしている自分に気づくかもしれない。自分がそこで見たことを描写しようー母親になった人の表情、赤ちゃんが苦労してやっとこの世界に飛び出てくるときのエネルギー、ご主人が奥さんの額に濡れタオルをあてて一緒に呼吸しているようす……。わざわざ生命の本質について議論しなくても、その描写を読んだ人は生命のなんたるかを理解することだろう。
Natalie Goldberg「魂の文章術」語るより見せろ
具体的に
具体的に書こう。ただ「果物」と言うだけではなく、「それはザクロだ」と言うように、どんな種類の果物かを言うこと。
物の名がわかると、私たちは現実にもっと近づくことができる。
Natalie Goldberg「魂の文章術」具体的に
意見ははっきり、答えはきちんと
世界はいつも白黒はっきりしているわけではない。だが、明確でしっかりした物言いをすることはたいせつである。「これはいい」「それは青い馬だった」とはっきり言うこと。「えーと、変に聞こえるのはわかっているけど、たぶん青い馬だったように思えるの」ではいけない。はっきり意見を述べることは、自分の心を信頼する練習、自分の考えを支持する練習なのだ。
ある疑問を文章化できるなら、それに答えることもあなたにはできるはずだ。疑問に答えるのを恐れてはいけない。答えは自分の中に無尽蔵に見つかるだろう。書くことは心のモヤモヤを焼き払う行為だ。モヤモヤを紙の上にまで持ち込んではならない。たとえはっきりしないことでも、ちゃんとわかっているつもりで書こう。こうした練習を続けていくうちに、きっとわかるようになるはずだ。
Natalie Goldberg「魂の文章術」意見ははっきり、答えはきちんと
自分独自のディティール
ものごとの過去・現在のディティールをありのままに書き表すことができれば、他のことはほとんどいらないだろう。
Natalie Goldberg「魂の文章術」自分独自のディティール
ディティールの威力
私たちはここに存在した。私たちは人間として、こんなふうに生きた。私たちの目の前で起こったことを知らせよう。
エルサレムには、ユダヤ人大量殺戮の記念館"ヤド・ヴァシェム"がある。そこには六百万の犠牲者の名を目録にした大きな図書館がある。名前ばかりではない。ひとりひとりについて知りうるかぎりの記録ーたとえばどこで生まれ、どこに住んでいたかなどーが収められている。誰もがこの世に実在したたいせつな人たちだった。
名前を見ることで、私たちはその人のことを思い出す。名前は私たちが一生背負っていくものだ。教室で出席をとられるとき、卒業式で読み上げられるとき、夜そっとささやかれるとき、私たちは呼ばれた名前に応える。
人生を詳細に綴ることは、とても大事なことだ。
私たちは生きてきた。その一瞬一瞬がたいせつなものだ。物書きになるということは、歴史を築くディティールの運搬人になること。
Natalie Goldberg「魂の文章術」ディティールの威力
二度生きる
物書きは人生を二度経験する。もちろんふつうの生活も送っている。みんなと同じようなペースで、道路を渡ったり、出勤の支度をしたり、スーパーで買い物したりする。しかし、物書きには、ふだんの自分とは別に鍛えてきた分身がある。その分身は、あらゆることをもう一度経験しなおす。腰をおろして、人生をもう一度見なおし、繰り返す。(中略)
ものを書きたいなら、多少ばかであるほうがいい。時間をほしがるグズな分身を自分の中に住まわせておこう。
Natalie Goldberg「魂の文章術」二度生きる
こだわり
昔の私は、自由とは自分のしたいことをすることだと思っていた。しかし、ほんとうの自由とは、自分が誰であり、この世における使命が何なのかを知り、それをひたすら実行することだ。
I used to think freedom meant doing whatever you want. It means knowing who you are, what you are supposed to be doing on this earth, and then simply doing it.
Natalie Goldberg「魂の文章術」こだわり
本当の言葉は
本当の言葉は印象に残る。聞いた人のなかで乱反射し、その人を揺り動かす。
山田ズーニー
昔聞いた言葉、読んだ文章をふとしたときに思い出す。そんなことが増えました。
対談 梯久美子(ノンフィクション作家)×森健
森 発見や聞き取りに必要なのは何でしょう?
梯 思い入れじゃないでしょうか。書く対象への。(中略)「散るぞ悲しき」を書いていたとき、もしこれがだれにも読まれないとしてもきっと書くだろうと思ったんです」
梯 亡くなった人を書くのは、生きている人より難しくて重たいです。本人が「書いていいよ」と言わなかったことを、遺族の了承を得たとはいえ、勝手に書いているわけですから梯 書くことには、ある種の暴力性がつきまとっています。私は、硫黄島の本でデビューしたので、人がたくさん亡くなった悲惨な話で本を書いて「作家」と呼ばれるようになったことに一種の後ろめたさがあります。それは一生背負っていこうと
梯 私は不器用なので、書いてみないとわからないんです。丁寧に書くことで、ようやく対象が理解できる。だから最初の読者は自分
森 最近の書き手で注目している人は?
梯 プレディみかこさんと上間陽子さん。団塊の世代の人が書いてきたノンフィクションにはある型があって、長くそれがメインストリームでした。でも2人は違うところから出てきた印象があります。まず文体が違う。文体は世界の見方です。ようやく新しい人たちが登場した、と感じています
毎日新聞 2018/4/28 東京朝刊 「森健の現代をみる」
「ああ、この対談はすばらしいなあ。ノンフィクションを書くってこういうことなんだ」と感動しました。梯さんに会ったこともないし著作を読んだこともないのに、好きになりました。
>もしこれがだれにも読まれないとしてもきっと書くだろうと思ったんです
この感覚はよく分かります。人からの評価とは関係なく、損得とも関係なく、異常な情熱をもって物事に取り組むことがあります。この情熱は一体何なのかといつも不思議です。
読者への思いやり
何かを人に呑み込ませようとするとき、あなたはとびっきり親切にならなくてはならない。「自分さえわかっていればそれでいいんだ」という態度では、ほとんど誰もついてきてくれない。
簡易な言葉と、良きメタファー、効果的なアレゴリー。それが僕の使っているヴォイスというか、ツールです。僕はそのようなツールを使って、ものごとを注意深く、そしてクリアに説明します。
村上春樹「夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです」p210
人に説明するときはかくあるべし。肝に銘じます。
長い文章は読まれない
説明は書けばいいというものではなくて、読まれないとまずいです。そして文章は長くなると読みにくくなります。
結城浩「くどくならない文章」
文章が長くなるほど読者はついていけなくなる。トレードオフを理解した上で文章量を決めなければならないと気づきました。
音楽のように書く
この文章には5つの単語が含まれている。この文自体も5語文だ。5語文が悪いわけではないが、いくつか続けば単調になる。書いている文章に耳を傾けよう。平坦になっている。文章がだらだらと続いている。空回りするレコードみたいだ。耳は変化を欲している(訳注:原文では、この段落すべてが5語文で構成されている)。
では、耳を傾けてみよう。文の長短を変えて、音楽を奏でてみるのだ。文が歌っている。心地良いリズム、軽快な流れ、ハーモニーがある。短い文を使う。中くらいの長さの文も入れてみる。読者が十分に休息したと確信したら、こちらに引き込むために思い切り長い文を入れて、燃えるようなエネルギーを発し、クレッシェンドで勢いを増し、連打するドラムとクラッシュするシンバルの音を奏で、聴いてほしいと訴えかける。それが重要だ。
だから、短い文章、中くらいの文、長い文を組み合わせて書こう。読者の耳を喜ばせるような音を奏でよう。ただ言葉を書き連ねてはいけない。音楽を書くのだ。
Hillary Weiss(訳:遠藤康子)「良い文章の秘訣は「音楽のように」書くこと」
すごいです。黙読でも音を感じる。大きな発見でした。身の回りの文章を観察しても、読んでいて気持ちのいい文章はたしかにリズムが良い。文章を書きあげたときは、意図が伝わるかだけではなく、音まで確認しています。
ちなみに夏目漱石の「坊っちゃん」は特にリズムが素晴らしい。これは朗読で聴くのがおすすめです。風間杜夫による朗読は最高でした。
魅力的な主人公を描こうと思ったら、それはもう絶対に、周囲のキャラクターを丁寧に魅力的に描くことしかないんです。一人だけが輝くことはない。周囲で生き生きと葛藤して笑って怒って欲望を磨いているキャラクターが光り、反射の光を浴びた主人公が動き出すんです。
満島ひかり 2011年2月ヨコハマ映画祭 主演女優賞受賞スピーチ演じるとは
役者としてやっていく以上、世界中の街中にあふれているいろんな人の届かない気持ちをがむしゃらに届けられる役者でありたいなと思っております。