書きたいテーマはたくさんあるのですが、平日は仕事が忙しく週末もさまざまな予定が入るので、腰を落ち着けて文章を書く時間がなかなか取れません。この調子だといつまで経っても、まとまった時間は取れないなと見切りをつけて、思い切って隙間時間で書いてみようと決めました。文芸評論家の三宅香帆さんがスマホで原稿を書いているという記事も参考にしました。
最近、通勤電車やちょっとした待ち時間にスマホのメモアプリGoogle Keepに書いています。この文章も通勤電車で書いています。
まず書きたいと思っていることを次々に書き出します。「ここに○○のリンクを貼る」「◯◯を引用する」などのメモも書いておきます。ガーッと書いた後、順番を変えたり表現を整えたりします。そうやってスマホで90%ほど完成させておき、週末にキーボードを使って仕上げてホームページにアップする流れです。
本当は一番最初に音声入力で書けたら効率が良いのですが、外出先では声を出せないことが多いのでメモアプリに打ち込んでいます。
それまで「私はキーボード派だから、スマホでは書けないよ。静かな落ち着いた場所でしか書けないし」と決めてかかっていたのですが、やってみるとけっこうサクサク書けるもんです。むしろ、通勤電車で文章を書きはじめると書くことに夢中になって、あっという間に目的の駅に着きます。面白い本を読んでいるときと同じように別世界に行ってしまう感じです。夢中のあまり駅を乗り過ごしてしまったこともあります。
書くことに夢中になる体験を何度か繰り返すうちに、私の愛読書「書ける人になる 魂の文章術」(ナタリー・ゴールドバーグ)の「どこでも書ける」という章を思い出しました。
このあいだニューオーリンズへ行ったのだが、そこで私は地面より高いところに作られたお墓を見た。水位が高くなるのでそうするのだそうだ。私はノートを手に、コンクリートの上にすわり、ルイジアナの蒸し暑さの中で、墓石にもたれ、わずかな日影の中で書いた。頭をあげたときには一時間たっていた。「完璧だわ」と私は思った。といっても、物理的な環境のことじゃない。書くことに没頭すると場所などどうでもよくなる。完璧とはそのことなのだ。どこでも書けるということがわかると、自立感と安定感がみなぎってくる。ほんとうに書きたいと思っている人は、なにがあっても最終的には、書くための方法を見つけるものだ。
どこでも書けるのだと私も実感しました。